柳モデル入門: 企業がESG経営で価値を最大化する戦略を徹底解説

yanagi model

今、多くの企業が直面している最大の挑戦の一つは、持続可能性と財務パフォーマンスの間でのバランスをいかに取るかです。この二つが両立するという証明が、柳モデルによって提供されています。このモデルは、ESG(環境、社会、企業統治)指標が単なる倫理的指標を超え、企業価値向上の鍵となることを明らかにします

本記事では、そもそも柳モデルとは何か、どのようなロジックの数式なのかをわかりやすく解説し、この革新的なモデルを使って、企業が持続可能な経営戦略をどのように実現し、それがどのようにして経済的価値に貢献するのかを、日清とエーザイの先駆企業2社の事例を通じて、具体的に探ります。

読者の皆さん、ESG経営が企業価値をどのように変えるのか、柳モデルを通じてその謎を解き明かしていきましょう。

柳モデルとは?

柳モデルは、非財務指標と企業価値の関連性を定量的に訴求するモデルです。柳良平氏によって提唱され、ESG(環境、社会、企業統治)の観点から企業の持続可能な価値創造を分析し、その企業価値への貢献度を明らかにします(柳良平, 2022)。

柳 良平, 「柳モデル」によるESGと企業価値の関連性の訴求 より引用

柳モデルの回帰式【ln(PBRi)=α+β1・ln(ROEi)+β2・ln(ESG KPIi−t)+γi−t】は、企業価値(PBR: 株価純資産倍率)と非財務資本(ESG指標)の関係性を定量的に分析するための数式です。

このモデルは、非財務資本の価値がPBRにどのように織り込まれるかを探るものです。本モデルは、経済学博士であり、早稲田大学大学院会計研究科客員教授でもある柳良平氏によって提唱されました。ここでは、この回帰式の内容と意味を、わかりやすく解説します 。

柳モデルの基本概念 

柳モデルは、PBR(株価純資産倍率)が非財務資本(ESGの成果を含む)によってどのように影響を受けるかを示します。数式の要素をそれぞれ解説します。

– PBR (Price to Book Ratio /株価純資産倍率): 株価を一株あたりの純資産で割った値で、企業価値を示します。

– ROE (Return on Equity / 自己資本利益率) : 純資産利益率、つまり企業が株主資本からどれだけの利益を生み出しているかを示します。

– ESG KPI: 環境(Environmental)、社会(Social)、企業統治(Governance)に関連するキーパフォーマンス指標(KPI)で、非財務資本の定量化を意味します。

柳モデルの構成要素の解説

ln(PBRi): 企業価値を示す指標である株価純資産倍率(PBR)の自然対数。PBRは、株価を一株当たり純資産で割った値で、企業が市場においてどれだけの価値を持っているかを示します。対数を取ることで変動を安定させ、分析しやすくします。

α: 定数項。モデルにおける基礎となる企業価値(PBRの対数値)です。

β1・ln(ROEi): 財務パフォーマンスの影響を示す項目で、ROE(自己資本利益率)の自然対数とその係数β1の積です。ROEは企業の効率的な資本使用を示し、高いROEは高い企業価値(PBR)に寄与するとされています。

β2・ln(ESG KPIi−t): ESG取り組みの影響を示す項目で、選定されたESG関連のキーパフォーマンスインディケータ(KPI)の自然対数とその係数β2の積です。ここでの「i−t」は時差を示し、ESGの取り組みが即時ではなく、時間を経てPBRに影響を与えることを示します。

γi−t: 誤差項。モデルで説明できないその他の影響を捉えます。

柳モデルの応用

柳モデルを利用することで、企業は以下のような具体的な洞察を得ることができます:

  • 投資優先順位の決定:どのESG指標が最もPBRに対して正の影響を持つのかを理解し、それに基づいてリソースの配分や投資の優先順位を決定することができます。
  • 戦略的な計画:ESG指標の改善が企業価値にどのように貢献するかを理解することで、中長期的な戦略的計画にESG目標を組み込むことができます。
  • ステークホルダーとのコミュニケーション:ESG取り組みが企業価値に与える具体的な影響を示すことで、投資家やその他のステークホルダーとのコミュニケーションに役立てることができます。

柳モデルの意義

柳モデルの意義は主に2つあります。

1つ目は、自社のESGの取り組みの経済的価値を明確化できることです。

柳モデルの回帰式は、ESG指標が企業価値に長期的にどのような影響を与えるかを定量的に評価することを可能にします。これにより、企業がESG取り組みを強化すべき領域や、将来の企業価値向上に貢献する可能性のあるESG関連の戦略を特定するのに役立ちます。また、投資家にとっても、企業のESGパフォーマンスが長期的な価値創造にどのように寄与するかを理解する上で重要なツールとなります

このモデルは、ESGの取り組みが単に社会的な責任を果たすためだけではなく、経済的価値にも直接的な影響を及ぼすことができることを示しています。これにより、企業のESG戦略が財務パフォーマンスと直接関連していることを示し、持続可能な経営の重要性を強調します。さらに、柳モデルは企業がESG指標に基づく戦略的な意思決定を行う際のガイドとなり、ESGの取り組みが長期的な投資として企業価値を高める方法を示唆しています。

そして2つ目は、財務指標と非財務指標が企業価値にどのように貢献するかを定量的に示すもので、ESGの取り組みが中長期的に企業価値をどのように変化させるかの洞察を提供することです

というのも、この回帰式は、企業の財務成績(ROE)と非財務成果(ESG成果)が企業価値(PBR)に与える影響を数値化しています。特に、β2の値は、ESGの取り組みが企業価値にどれだけ貢献しているかを定量的に示し、これによりESG取り組みの経済的価値を明らかにすることが可能になります。

この数式を通じて、非財務指標の重要性を強調し、持続可能な経営がいかに企業価値を高めるかを示しています。   

柳モデルを通じて、企業はESGの取り組みが長期的にどのように企業価値に寄与するかを理解し、投資家にその価値を訴求することができます。また、ESG取り組みの効果を具体的に示すことで、より戦略的なESG経営へと移行するきっかけを提供します。

ESG経営と柳モデルの関連は?

ESG経営は、柳モデルによってその価値が定量化され、企業価値に正の影響を与えることが明らかにされています。柳モデルでは、ESGの取り組みが企業の長期的な価値創造にどう貢献するかを分析し、投資家にその価値を訴求することが可能です(柳良平, 2022)。

柳モデルを用いた企業の成功例は?

ここでは、日清食品ホールディングスとエーザイをケースとし、柳モデルの応用に成功した背景を探ります。

1、ESG課題と企業価値の関係性を可視化した日清食品ホールディングス

日清食品ホールディングスは柳モデルを活用し、ESG課題と企業価値との関係性を可視化しました。

ABeam Consulting (2022). 「非財務価値と企業価値の関係性の定量化による可視化支援:日清食品ホールディングス株式会社事例」より引用

ESG指標とPBR(株価純資産倍率)との関係性分析を通じて、ESGの取り組みが企業価値向上に貢献する道筋を実証しました(ABeam Consulting, 2022)。

2、ROEの戦略的なマネジメントを実現したエーザイ

エーザイの応用事例では、柳モデルの回帰式を活用して、持続的な株主価値最大化を目指すための財務戦略が展開されています。特に注目されるのは、良好なROE経営とROEマネジメント、及びROEの年次別推移に関する戦略です。

エーザイ「中期経営計画「EWAY Future & Beyond」」より引用https://www.eisai.co.jp/ir/management/strategy/index.html

持続的な株主価値最大化のための統合報告書財務戦略

エーザイは、持続的な企業価値向上を目指して、資本コストを意識した経営戦略を展開しています。

資本コストとは、企業が資金を調達する際に支払うコストであり、これを下回るリターンを生み出すことが、企業価値向上のためには不可欠です。エーザイでは、経営戦略や経営計画を策定し公表する際に、自社の資本コストを的確に把握し、収益計画や資本政策の基本的な方針を示しています。これは、資本コストを下回る投資を避け、企業価値を最大化するための戦略です 。

良いROE経営とROEマネジメント

良いROE経営を実現するためには、企業の収益性、効率性、およびレバレッジの最適化が必要です。エーザイは、ROE(株主資本利益率)を中長期的に資本コスト以上に維持することで、株主価値を最大化することを目指しています。これは、ROEが資本コストを上回ることが、株主に対する適切なリターンを提供し、企業価値を向上させるために重要だからです 。

ROEの年次別推移

エーザイの統合報告書において、ROEの年次別推移は、企業価値向上の指標として重要視されています。エーザイは、「EWAY 2025」という中期経営計画を通じて、財務指標としてのROEを含め、さまざまなKPI(重要業績評価指標)に基づいた目標を設定しています。これにより、中長期的な企業価値向上を目指しています 。

このように、エーザイは柳モデルの回帰式を基にした財務戦略を通じて、資本コストを意識した効率的な経営、及び持続可能な企業価値向上を追求しています。これらの戦略は、統合報告書を通じて開示され、ステークホルダーへの透明性の高いコミュニケーションを実現しています

柳モデルの導入における課題は?

柳モデルの導入においては、適切なESG指標の選定と、これらの指標と企業価値との関連性を定量的に分析するためのデータ分析能力が求められます。また、ESG取り組みの効果が企業価値に反映されるまでには時間がかかるため、長期的な視点が必要とされます(柳良平, 2022)。

柳モデルに基づく経営戦略の立案方法は?

柳モデルに基づく経営戦略を立案するには、まず企業が直面するESG課題を明確にし、これらの課題に対する取り組みが企業価値にどのように貢献するかを分析する必要があります。次に、ESG指標と企業価値との関連性を定量的に分析し、これらの分析結果を基に持続可能な経営戦略を策定します(柳良平, 2022)。

まとめ

柳モデルは、非財務指標と企業価値の関連性を定量化し、ESG(環境、社会、企業統治)指標が企業価値向上にどのように寄与するかを解析するためのモデルです。

このモデルは、持続可能性と財務パフォーマンスを統合することで、現代企業が直面する最大の挑戦に対応します柳モデルの核心は、企業価値(PBR)が財務パフォーマンス(ROE)とESG指標のパフォーマンスによってどのように影響を受けるかを示す回帰式にあります。

このモデルを通じて、ESGの取り組みが長期的に企業価値に正の影響を与えることが示され、企業が持続可能な経営戦略を実現し経済的価値に貢献するための指針を提供します。日清食品ホールディングスとエーザイの事例を通じて、柳モデルの具体的な応用とその効果を示しています。

もっと知りたい方へ

柳モデルについて、さらに理解を深めたい方に、お勧めの本を3冊紹介します。

ROEを超える企業価値創造 柳 良平

日本企業の評価低迷の原因と打開策を解明!非財務資本活用、ESG戦略、ガバナンス改革で企業価値を最大化する提言書です。

ROE経営と見えない価値 柳 良平

ROE経営による経済的価値創造と、企業の社会的責任を認識した社会的価値(環境や統治)創造は、これからの経営の両輪。柳モデル提唱者が、オリエンタルランド、TOTOのケースを紹介する本です。

CFOポリシー〈第3版〉: 財務・非財務戦略による価値創造 柳 良平 

非財務資本の活用で企業価値を高める戦略書!ROE経営、ガバナンス改革、ESG活用の具体策を提示し、未来の成長を描きます。

参考論文

– 柳良平 (2022). 「柳モデルによるESGと企業価値の関連性の訴求」. 早稲田大学大学院会計研究科. 

– ABeam Consulting (2022). 「非財務価値と企業価値の関係性の定量化による可視化支援:日清食品ホールディングス株式会社事例」.

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