ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)は、社会的課題の解決を目指す革新的な官民連携の手法として注目されています。本記事では、SIBの仕組みや歴史的経緯、メリット・デメリット、日本国内および海外の事例、導入における課題と解決策、ついて詳しく解説します。
SIB(Social Impact Bond)とは2010年に英国で開発された官民連携の社会的投資モデルで、社会課題を解決するサービスに、投資家が資金を提供してプログラムを実施し、削減された財政支出など、プログラムで生み出された成果に応じて、自治体等が投資家等へ成果報酬を支払う仕組みです。これにより、行政は効果的な施策に予算を集中させ、民間事業者は高い成果を上げるインセンティブが働きます。
SIBはPFS(Pay for Success、成果連動型民間委託契約方式)のスキームの一つです。PFSとは、事業の成果に連動して、委託料の最終支払い額が決まる、民間への行政サービスの業務委託契約です。PFSとSIBの違いは、外部資金の調達の有無です。SIBはPFSの中でも、金融機関やVC(Venture Capital)などの民間からの外部資金調達を伴う成果連動型民間委託契約を指しますが、PFSの場合は外部資金調達を行いません。
SIBは、2010年に英国ピーターバラで初めて導入されました。
この背景には、政府が財政的制約の中で社会的課題を効果的に解決する必要性がありました。従来の公共サービス提供では、成果に基づく資金配分が難しく、効果的な解決策が求められていました。SIBは、民間資金を活用し、成果に応じて報酬を支払うことで、効率的かつ効果的な社会的課題の解決を目指す仕組みとして注目されました。
内閣府(2024)の調査では、国内におけるPFS・SIBの案件数は2023年度末時点で273件であり、医療・健康に関する案件が最も多く、次に介護、犯罪防止、まちづくりと続いています。
SIBを実施する主なメリットとして、財政リスクの減少、民間の創意工夫の活用、社会的投資の促進の3点が挙げられます。
• 財政リスクの軽減: 行政は成果が出た事業にのみ報酬を支払うため、無駄な支出を抑制できます。
• 民間の創意工夫の活用: 民間事業者の柔軟な発想やノウハウを活用し、革新的なサービス提供が期待できます。
• 社会的投資の促進: 投資家は社会的課題の解決に貢献しつつ、成果に応じたリターンを得ることができます。
その一方、成果測定の困難さや、契約の複雑化、初期投資の増加のデメリットがあります。
• 成果測定の難しさ: 社会的成果を定量的に評価する指標の設定が難しい場合があります。
• 契約やスキーム構築の複雑性: 多様なステークホルダー間での利害関係調整や、契約調整やリスク分担が複雑になることがあります。
• 初期コストの増加: 事業設計や評価プロセスに時間と費用がかかる可能性があります。
SIBの基本的な仕組みは、以下の通りです。
1. 社会的課題の特定: 行政が解決すべき社会的課題を明確にします。
2. 民間資金の調達: 投資家が資金を提供し、社会的課題解決のためのプログラムを実施します。
3. サービス提供: 非営利団体や民間企業が具体的なサービスを提供します。
4. 成果の評価: 独立した評価機関が、事前に設定した成果指標に基づき、プログラムの効果を評価します。
5. 報酬の支払い: 成果が達成された場合、行政が投資家に報酬を支払います。
このように、SIBは成果連動型の資金調達・サービス提供モデルとして、社会的課題の解決に向けた新たなアプローチを提供しています。
それでは、実際のSIBの事例とはどのようなスキームなのでしょうか?
本記事では、就労支援に係るKUMONの事例、医療・健康に関する「広島県 がん検診受診率向上プロジェクト」、さらにまちづくりに関する「美馬市ヴォルティスコンディショニングプログラム」をご紹介します。
株式会社公文教育研究会(KUMON)は、法務省が実施する少年院出院者への再犯・再非行防止を目的とした学習支援事業に採択されました。この事業は、民間資金を活用した成果連動型民間委託契約方式を採用し、国の直轄事業である再犯防止分野において初めてSIBの手法を活用した先進的な取り組みです。
連携アクターとその役割
• 法務省(委託者): 事業の委託者として、再犯防止施策の推進を担当します。
• 株式会社公文教育研究会(代表事業者): 事業の実施計画・遂行のとりまとめ、資金調達、学習支援環境の整備、学習支援計画の作成・見直し、成果のとりまとめ・報告を担当します。
• 株式会社キズキ(グループ事業者): 東京拠点での学習支援を担当し、学習支援計画の作成・面接、出院後の学習支援(公文式学習の指導・運営、個別の目標に応じた学習支援、学習支援計画の見直し)を行います。
• 一般社団法人もふもふネット(グループ事業者): 大阪拠点での学習支援と心理的なケアなど生活支援を担当し、学習支援計画の作成・面接、出院後の学習支援(公文式学習の指導・運営、学習支援計画の見直し)、生活支援を行います。
• 資金提供者: 株式会社三井住友銀行、株式会社日本政策投資銀行、株式会社CAMPFIREが資金提供を行い、クラウドファンディングを含めた多彩な資金調達を実現しています。
事業の特長
この事業の特長は、学習支援と生活支援を組み合わせた包括的なサポート体制にあります。具体的には、KUMONの学習コンテンツ、キズキの寄り添い型学習支援、もふもふネットの心理面や生活支援と、各事業者の強みを活かしたプログラムを提供します。これにより、対象者が事業終了後にも継続的に自立して学習できるための基礎学力及び学習習慣を身につけることを目指しています。
期待される社会的インパクト
本スキームを通じて、少年院出院者の再犯・再非行の防止が期待されています。令和元年に保護観察が終了した少年院仮退院者の再処分率は、学生・生徒の者が11.8%に対し、無職の者は41.5%に上ります(令和2年版犯罪白書)。このことから、学習支援を通じて基礎学力と学習習慣を身につけさせることで、就学や就労の機会を増やし、再犯リスクの低減に寄与することが期待されています。
広島県では、県と県内6市(竹原市、尾道市、福山市、府中市、三次市、庄原市)が連携し、SIBの手法を用いてがん検診の受診率向上を目指す取り組みを実施しました。このプロジェクトは、都道府県と市区町村が一体となって取り組む全国初の垂直連携型SIB事業として注目されました。
連携アクターとその役割
• 広島県および6市(委託者):事業全体の企画・推進を担当し、がん検診受診率向上の目標設定と成果評価を行います。
•株式会社キャンサースキャン(サービス提供者): 受診勧奨業務を実施し、対象者への個別受診勧奨やデータ分析を担当します。
• 資金提供者:みずほ銀行、広島銀行、クラウドファンディングなどが資金提供を行い、事業の財政的基盤を支えます。これにより、複数の自治体が連携し、事業規模を拡大することで広域的な取り組みが可能となります。
事業の特長
広島県のがん検診受診率向上プロジェクトの特長は、都道府県と市町村が連携する垂直連携型のSIBである点です。複数の自治体が一体となって取り組むことで、データの集約やノウハウの共有が可能になり、効率的かつ効果的に事業を進めることができました。また、個別受診勧奨というターゲットを絞ったアプローチを採用した点も特長です。
期待される社会的インパクト
この事業を通じて、大腸がん検診受診者数は参加市合計で1,515人増加しました。さらに、精密検査受診率は6.09ポイント向上しており、早期発見・早期治療が可能となる環境を整えることができました。これにより、地域住民の健康増進だけでなく、医療費の削減や生産性向上といった広範な社会的インパクトが期待されています。
美馬市では、「美と健康のまちづくり」を推進するため、Jリーグチーム徳島ヴォルティスと連携して市民の健康増進を目指すSIB事業を実施しました。スポーツを活用した健康プログラムの提供を通じて、地域住民の健康意識の向上と医療費削減を図っています。
連携アクターとその役割
• 美馬市(委託者): 健康増進施策の全体企画・推進を担当し、成果指標の設定と事業評価を行います。
• 徳島ヴォルティス(サービス提供者): コンディショニングプログラムの提供を通じ、身体機能のチェックや運動指導、ICTデバイスによるデータ分析を実施します。
• 大塚製薬(連携パートナー): 健康関連製品やノウハウを提供し、プログラムの実効性を高めます。
• 資金提供者: 阿波銀行や地域金融機関が資金を提供し、地域密着型の資金調達を実現しました。
事業の特長
美馬市の事業の特長は、スポーツを活用した健康増進というユニークなアプローチにあります。プロスポーツチームのブランド力を活かし、市民の運動習慣形成を支援するだけでなく、地域コミュニティの活性化にも寄与しています。また、ICTデバイスを活用して健康データを可視化し、個々の健康状態に基づくパーソナライズドなアプローチを可能にしました。
期待される社会的インパクト
本事業は、市民の健康意識を向上させ、運動習慣を定着させることで、医療・介護費用の適正化に寄与することが期待されています。また、地域住民が一体となって参加することで、地域社会の連帯感を強化し、美馬市全体のブランド価値向上にも繋がると考えられます。
SIBは海外でも成功事例が多数あります。例えば、イギリスの「ピーターバラ刑務所プロジェクト」は、再犯防止を目指した世界初のSIBプロジェクトとして知られています。この事業では、特定の介入プログラムを通じて刑務所出所者の再犯率を低下させ、投資家にリターンを提供する仕組みが導入されました。
海外事例の特長
•成果を数値で評価し、透明性の高い成果連動型契約が組まれている点。
• 民間企業や非営利団体、政府機関が連携して長期的な社会的課題解決に取り組む姿勢。
最後に、SIB導入時の課題と解決策について、解説します。
• 成果指標の設定: 社会的成果を適切に評価する指標の設定が難しい場合があります。解決策として、事前に関係者間で明確な評価基準を策定し、第三者機関による評価を導入することが考えられます。
• 関係者間の調整: 行政、投資家、サービス提供者間の役割分担やリスク共有の明確化が必要です。解決策として、各ステークホルダー間での透明性の高いコミュニケーションと、明確な契約書の作成が重要です。
• 法的・制度的整備: 日本におけるSIBの普及には、関連する法制度の整備が求められます。解決策として、政府や自治体がSIB導入のガイドラインを策定し、法的枠組みを明確にすることが必要です。
ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)は、社会的課題の解決と公共サービスの質の向上を同時に達成する可能性を秘めた革新的な手法です。日本国内でも導入事例が増加しており、今後のさらなる普及と発展が期待されます。
しかし、導入に際しては成果指標の設定や関係者間の調整などの課題も存在します。これらの課題を克服するためには、各ステークホルダー間の協力と適切な制度設計が不可欠です。
参考文献
• 伊藤健, 落合千華, 幸地正樹. (2016). 日本版ヘルスケアソーシャル・インパクト・ボンドの基本的な考え方. 経済産業省.
• 日本総合研究所 (2019). ソーシャルインパクトボンドの発展と今後の課題 -地方公共団体における活用可能性と展望-.
• 総務省(2017) 新たな官民連携の仕組み ソーシャル・インパクト・ボンドについて.
• 内閣府(2024) 国内におけるPFS事業の取組状況について