「健康経営銘柄」—この言葉が示すのは、ただのトレンドや一時的なブームではありません。それは企業文化の革命であり、経済産業省と東京証券取引所が国民の健康寿命延伸を目的に推し進める、戦略的な経営の取り組みです。
従業員の健康が企業の最大の財産であるという認識のもと、活力ある職場環境の実現を目指す企業が日本全国で躍動しています。この記事では、健康経営銘柄の概念からそのメリット、実際に認定された企業の事例に至るまで、健康経営銘柄がなぜ今、注目を集めているのかを、2024年度の最新の健康経営銘柄の事例を基に、徹底解説します。
健康経営銘柄とは何か?
健康経営銘柄とは、従業員等の健康管理を経営的視点で捉え、戦略的に実践する企業の中から、特に取り組みが優れた企業を選定し、紹介する制度です。経済産業省と東京証券取引所が「国民の健康寿命の延伸」を目的としてこの制度を行っています。健康経営の推進は、従業員の活力や生産性向上をもたらし、業績や企業価値の向上に繋がると期待されています 。
「健康経営銘柄」は、東京証券取引所に上場する企業を対象としており、「健康経営度調査」の回答結果をもとに、健康経営優良法人(大規模法人部門)に申請された法人の上位500位以内の上場企業から、1業種1を基本に選定されます。これらの区分は、健康経営の推進において企業の規模や上場の有無を考慮し、それぞれの状況に適した評価基準に基づく選定が行われることを意味しています。
「健康経営優良法人認定制度」「DBJ健康経営格付」との違いとは?
「健康経営優良法人認定制度」は、企業の健康経営の取り組みを評価し認定を与える制度であり、年々申請数が増加しています。これに対し、「健康経営銘柄」は東京証券取引所に上場する企業の中から、健康経営に優れた企業を原則として1業種1社から選定するものです。「DBJ健康経営格付」は、健康経営を評価し、投資家にとって適切な企業価値の評価を目指す融資制度です。これらは主に投資家に向けた情報提供が目的であり、中小企業の健康経営を評価する「健康経営優良法人認定制度」とは趣旨が異なります 。
健康経営銘柄の歴史
経済産業省「健康経営銘柄2024選定企業紹介レポート」p45より引用
健康経営銘柄の選定は、2014年度に健康経営度調査が開始されて以来、コラボヘルスや働き方改革関連法の施行など、企業従業員の健康維持・増進に関連する施策が増加してきました。特に、2020年度には健康投資管理会計ガイドラインが公表され、人的資本経営に通ずる考え方を健康の切り口から先導しています 。
健康経営銘柄に選ばれる基準
経済産業省「健康経営銘柄2024選定企業紹介レポート」p3より引用
健康経営銘柄2024の選定要件は、「経営理念・方針」「組織体制」「制度・施策実行」「評価・改善」「法令遵守・リスクマネジメント」の5つのフレームワークから評価されます。それぞれのフレームワークには、社会的な現状を踏まえた評価配点のウェイトが設定され、これに基づいて最終評価が算出されます。
健康経営銘柄の選定方法とは?
経済産業省「健康経営銘柄2024選定企業紹介レポート」p2より引用
健康経営銘柄2024への選定プロセスには、①健康経営度調査への回答、②選定基準に基づく審査、③経済産業省による最終選定で行われます。企業はまず健康経営度調査に回答し、その後、選定基準に沿って評価され、最終的に経済産業省によって健康経営銘柄として選定されます 。
健康経営銘柄を取得するメリット
健康経営銘柄の選定は、企業の経済的価値と従業員の健康という両方の側面でメリットをもたらします。 独立行政法人経済産業研究所の研究)では、以下の5つのメリットが主張されています。
- 企業価値の向上: 健康経営銘柄に選ばれた企業は、選ばれなかった同業他社と比較して企業価値が高まる傾向にあります。合成コントロール法を用いた分析では、表彰を受けた企業の企業価値が、仮に選ばれなかった場合の反実仮想の企業価値よりも高いという結果が得られました 。
- 利益率の向上: 健康経営施策を実施することにより、企業の利益率にプラスの影響があることが確認されました。特に、健康経営施策を経営理念に掲げ、社内に浸透させた企業では、利益率が有意に高まるとの結果が見られました 。
- 社会的評価の向上: 健康経営銘柄としての選定は、企業イメージを向上させ、ブランド強化やステークホルダーからの高評価を期待できるとされています。また、情報開示の実施による社会的責任の履行が評価される傾向にあります 。
- 職場環境の改善: 健康経営施策は、働き方の改善に繋がり、残業時間の削減やストレス負荷の大きい業務の発見・対応などに貢献します。また、従業員にとって快適なオフィス環境の整備も健康経営の一環として挙げられます 。
- 従業員の健康改善: 健康経営施策による従業員の健康状態の改善は、個々の生産性向上に寄与し、病気の予防を通じた医療費の削減にも繋がる可能性があります 。
2024年に選定された具体的な企業事例
ここでは、2024年に健康経営銘柄に選定され、過去にも複数回選定された味の素株式会社、花王株式会社、そしてTOTO株式会社の評価のポイントを解説します。
味の素株式会社
経済産業省「健康経営銘柄2024選定企業紹介レポート」より引用
- 評価ポイント: WEBサイト「My Health」を通じた自己管理支援と栄養改善活動の展開
- 事例:
- 全社員に向けて、健康診断結果や就労状況がいつでも確認できる専用WEBサイト「My Health」を運用。
- 健康診断後の個別面談を年1回実施し、社員の健康状態をフォローアップ。
- 社員食堂での「My Healthランチ」を提供し、美味しく食べながら栄養改善をサポート。
花王株式会社
経済産業省「健康経営銘柄2024選定企業紹介レポート」より引用
- 評価ポイント: 労働時間の適正化と健康づくりソリューションの社内外への展開
- 事例:
- 労働時間の適正化を目指し、社内アプリ「Smart Work Support」を導入して時間管理の意識向上を促進。
- マネジメント教育を実施し、適切な労働時間管理と従業員の健康を害するリスクの低減を図る。
- 社員・家族が実践できる健康づくりソリューションを提供し、社会全体の健康増進に貢献。
TOTO株式会社
経済産業省「健康経営銘柄2024選定企業紹介レポート」より引用
- 評価ポイント: 健康リスクの層別化に基づく施策展開と健康促進イベントの実施
- 事例:
- 病気やケガの重症化予防・再発予防など、健康リスクを層別し、階層ごとに施策を展開。
- 社員の健康意識を高め、自主的な健康管理・健康増進に取り組む環境を提供。
- 社内イントラネットでの健康情報発信や禁煙支援、体力測定会、ウォーキングイベントなど、楽しみながら健康を促進するイベントを実施。
健康経営銘柄に投資する方法
健康経営銘柄に投資する方法としては、これらの企業が発行する株式を直接購入することが一般的です。特に、経済産業省が発表する「健康経営銘柄」のリストを参考に、健康経営に優れた企業を選定し投資することで、中長期的な企業価値の向上を期待できます。また、健康経営をテーマにした投資信託やETFなどの金融商品を通じて間接的に投資する方法もあります。これらの金融商品は、健康経営に取り組む企業群に分散投資することが可能で、個別の企業リスクを抑えつつ、健康経営に関連する成長性に投資することができます。
まとめ
健康経営銘柄とは、従業員の健康を経営の中心に据え、その結果として企業価値を高める取り組みを行っている企業に与えられる称号です。これらの企業は、従業員の生産性向上や活力の増進、そして業績の向上を実現しています。健康経営銘柄、健康経営優良法人認定制度、そしてDBJ健康経営格付という三つの制度は、それぞれ異なるアプローチで企業の健康経営を評価し、その成果を表彰します。味の素株式会社、花王株式会社、TOTO株式会社といった企業は、健康経営を通じて従業員だけでなく社会全体のWell-beingに貢献しており、これらの事例から、健康経営が持続可能な企業成長の鍵であることが明らかになります。健康経営銘柄に投資することは、経済的リターンを追求するだけではなく、社会的価値の創造への貢献も意味します。最終的に、健康経営は企業、従業員、そして社会全体にとっての勝利を意味するのです。
参考文献
- 山本 勲, 福田 皓, 永田 智久, 黒田 祥子. (2021). 健康経営銘柄と健康経営施策の効果分析. 独立行政法人経済産業研究所.https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/21080001.html
- 健康経営銘柄2024選定委員会. (2024). 健康経営銘柄2024レポート. 経済産業省.