人権DD(人権デューデリジェンス)完全ガイド: 企業が知るべき実施方法、法規制、及びサプライチェーンの役割を事例で解説

人権DDサムネ

人権デューデリジェンスは、企業がその業務が人々の基本的権利に与える影響を認識し、負の影響を最小限に抑えるためのプロセスです。

国際人権基準に準拠し、法規制要件を満たすことは、特にグローバルな事業を行う企業にとって不可欠です。また、供給チェーン内での人権監査を実施することで、労働権の保護や人権侵害の是正措置が可能になり、企業の信頼性と権威性を高めることができます。このプロセスは、専門知識を必要とし、継続的な監視と評価を通じて、企業が社会的責任を果たす上で重要な役割を果たします。

本記事では、人権デューデリジェンス(人権DD)の定義から、実施方法、具体的な成功企業5つの事例を解説します。

人権デューデリジェンス(人権DD)とは?

人権デューデリジェンスは、企業が自らの活動やサプライチェーンを通じて人権に与える潜在的な負の影響を特定、防止、緩和し、影響を受けた人々に対して是正措置を講じるプロセスです(人権デューデリジェンスプロセス)。

このプロセスは、企業が企業の人権方針に基づき行動し、自社の活動によって発生する人権リスク評価を行うこと、労働権の保護供給チェーンの人権監査、そして発見された人権侵害の是正措置の実施を含みます。また、企業は国際人権基準に準拠し、適用される人権デューデリジェンス法規制を遵守する必要があります 。

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」とは?

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」は、2011年に国連人権理事会で全会一致で支持された文書です。この指導原則は「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」の3つの柱から構成されています。

外務省『ビジネスと人権に関する指導原則』より引用

これらの原則は、企業活動における人権尊重の指針として用いられ、国際的に認められた人権を尊重することが求められています。

企業における人権デューデリジェンスの実施方法

企業は、人権デューデリジェンスを実施するために、まず自社の人権方針を明確にし、この方針に基づいて人権リスクを評価します。その後、リスクに基づいて予防措置を講じ、影響を受けた者に対して是正措置を行います。このプロセスは継続的な監視と評価を要し、発見された問題に対しては迅速に対応する必要があります 。

それぞれのステップについて、以下で詳細に見てゆきましょう。

1、人権方針の策定

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によれば、企業が人権方針を作成し公にすることによって、経営陣が企業運営の際に従うべき基本的な標準を認識し、これを内外にアピールする機会を持てるとされています。

これにより、経営陣の従業員やビジネスパートナーへの期待する振る舞いを明確に示すことが可能になります。また、これは企業内で人権を重視する体制を強化する契機ともなり得ます。従って、企業が自身の価値に人権を尊重する姿勢を取り入れていく際には、人権方針の策定から始めることが重要な第一歩であると言えます。以下が人権方針の策定のために必要な5つの要素になります。

外務省『ビジネスと人権に関する指導原則』より引用

  1. 企業の経営トップの承認: 方針が企業の最高レベルからのコミットメントであることを示します。
  2. 専門的な助言の取得: 方針策定にあたって内外の専門知識を活用します。
  3. 関係者への期待の明記: 従業員や取引先への人権配慮の期待を明確にします。
  4. 公開と周知: 方針を一般に公開し、関係者に周知します。
  5. 事業方針や手続にの反映: 方針を企業活動全般に組み込みます。

2、人権デューデリジェンスの実施

人権デューデリジェンスは、人権への悪影響の特定、予防・軽減、対応の追跡調査、そして外部とのコミュニケーションというステップで構成されます。このプロセスを通じて、企業は人権リスクを管理し、悪影響を受ける可能性のある個人や地域社会に対する責任を果たします。

以下に具体的な4つのステップが紹介します。

3、救済メカニズムの構築

企業は、人権への悪影響を引き起こしたり、助長した場合に、正当な手続を通じた救済を提供するか、それに協力することが求められます苦情処理メカニズムの構築は、悪影響を早期にかつ直接的に是正することを可能にします。

このメカニズムは、正当性、利用可能性、予測可能性、公平性、透明性、権利適合性、持続的な学習、ステークホルダーとのエンゲージメントと対話などの基準を満たす必要があります。このような苦情処理メカニズムは、人権侵害を受けた者が救済を求める際のアクセスポイントとなり、企業が人権尊重の責任を果たす上で非常に重要な役割を果たします。

人権デューデリジェンスに関する法規制

国際的には、企業の人権デューデリジェンスに関する明確なガイドラインとして、国連のビジネスと人権に関する指導原則があります。これに加えて、欧州連合(EU)では、企業のサプライチェーン内での人権デューデリジェンスを義務化する動きがあり、フランスでは「デューデリジェンス法」が、オランダでは「児童労働に対するデューデリジェンス法」が施行されています。日本では、外国人技能実習生の保護に関する法律があり、技能実習生の人権保護に関する規制を設けています 。

供給チェーンでの人権デューデリジェンスの重要性

国際的な取引を行う企業にとって、サプライチェーン全体で人権デューデリジェンスを行うことは非常に重要です。これにより、サプライチェーン内での労働権侵害や人権侵害のリスクを特定し、適切な是正措置を講じることが可能となります。また、企業の社会的責任(CSR)の実現にも寄与し、企業のブランド価値と信頼を高めることにもつながります。具体例としては、国際的に展開するアパレル企業が、サプライヤーの工場での労働環境を監査し、児童労働や強制労働の排除に取り組むことが挙げられます

人権侵害発見時の是正措置

人権侵害を発見した場合、企業は迅速に是正措置を講じる必要があります。

これには、まず詳細な調査を行い、影響を受けた人々との対話を通じて実態を把握することが含まれます。その上で、被害の補償、関連プロセスの見直し、再発防止策の実施など、具体的かつ効果的な措置を行う必要があります。また、関連するステークホルダーとの協力のもと、持続可能な解決策を模索することが重要です。

具体的な企業の成功事例

最後に、人権DDに先駆的に取り組む5社の事例を紹介いたします。

  • 味の素株式会社: 人権尊重に関するグループポリシーを公表し、高リスク国での人権影響評価を実施しました。外国人労働者の受け入れに関する多様なステークホルダーが参画するプラットフォームの設立にも関与し、「ワーカーズボイス」を苦情処理メカニズムとして導入しています。
  • ANAホールディングス: 英国現代奴隷法への対応をきっかけに、日本企業で初めて人権報告書を発行しました。社外専門家と協力しながら人権インパクトアセスメントを実施し、重要な人権テーマを特定しています。
  • 花王株式会社: 人権方針を策定し、人権デューデリジェンスプロセスを導入しています。サプライチェーン内での労働条件の監査にも取り組んでいます。
  • キリンホールディングス: 人権リスク評価を実施し、サプライチェーンにおける人権尊重に取り組んでいます。また、ステークホルダーとの対話を重視し、人権に関する取り組みを進めています。
  • 清水建設株式会社: 労働者の人権を尊重するための取り組みを行い、苦情処理メカニズムの整備にも注力しています。外国人技能実習生の受け入れに際しては、適切な労働条件の提供を確実にするための措置を講じています。

まとめ

以上、人権デューデリジェンスに関する説明、企業の実施方法、関連法規制、供給チェーンでの重要性、人権侵害発見時の是正措置、および具体的な企業例を通じて、企業が人権デューデリジェンスを実施する上での重要性とその方法について解説しました。

企業が人権デューデリジェンスを効果的に実施するためには、人権デューデリジェンスプロセスを確立し、企業の人権方針を明確にし、人権リスク評価を行い、労働権の保護に注力する必要があります。また、供給チェーンの人権監査を通じてリスクを管理し、発見された人権侵害の是正措置を講じることが求められます。これらの活動は、国際人権基準に基づき、適用される人権デューデリジェンス法規制に準拠する形で行われるべきです。

供給チェーンにおける人権デューデリジェンスの実施は、特に国際的な取引が行われる企業にとって不可欠であり、サプライチェーンを通じた人権尊重の確保が求められています。このプロセスを通じて、企業は社会的責任を果たし、その信頼と評価を高めることができます。

味の素株式会社、ANAホールディングス、花王株式会社、キリンホールディングス、清水建設株式会社の事例からは、これらの企業がいかにして人権デューデリジェンスを実践し、社会的責任を果たしているかが明らかになりました。これらの企業は、人権方針の策定、リスク評価の実施、是正措置の講じ、苦情処理メカニズムの整備によって、人権尊重の姿勢を示しています。

最終的に、企業が人権デューデリジェンスを効果的に実施することは、単に法的要件を満たすだけでなく、企業の持続可能性と社会全体の福祉に貢献する重要なステップであることが理解されるべきです。これらの取り組みは、企業が直面する人権に関連する課題に対処し、より良いビジネス環境を築くための基盤となります。

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