統合報告書とは何か?エーザイの事例を元に企業価値を高める統合報告書の戦略的な作り方を解説します

統合報告書

統合報告書は、企業が直面する環境・社会・ガバナンス(ESG)の課題と機会を、財務情報と統合して開示することで、ステークホルダーとの信頼関係を深め、持続可能な経営を促進します。この記事では、国内外の様々な学術論文をエビデンスにし、統合報告書のメリットと、効果的なESG情報の統合方法について、エーザイの先駆的な統合報告書の事例を交えて解説します。

統合報告書とは何か?

統合報告書とは、企業がその戦略、ガバナンス、パフォーマンス、および企業価値の長期的成長への見通しに関して、財務情報だけでなく非財務情報も含めて開示する報告書です

国際統合報告評議会(IIRC)は、統合報告書の作成のための指導原則をまとめた「国際統合報告フレームワーク」を2013年に発表しました。IIRCは、統合報告書の目的を「統合報告は、企業報告に関して、よりまとまりのある効率的なアプローチを促すとともに、財務資本の提供者が利用可能な情報の質を改善することによって、より効率的で生産的な資本配分を可能とする」ことと述べています(日本取引所グループ,2023) 

IIRCについて、以下の記事で詳しく解説しています。

統合報告の目的は、持続可能な経営とCSR(企業の社会的責任)へのコミットメントを示し、ステークホルダーエンゲージメントを強化することにあります(Smith & Johnson, 2020)。

統合報告書の5つの種類

専修大学の西原利昭氏は、Schaltegger(2012)の統合報告書の5つの種類を説明しています。

Schalteggerによれば、社会から、企業の報告への期待がない場合には社外への情報公開は行われず、あくまでも社内コミュニケーションのみに指標が共有されるにとどまります。(下記図表の「Trus me」の段階)

その次の段階では、ステークホルダーの企業の持続可能性の期待に沿う情報を提供する段階です。一般的に「アウトサイドイン・アプローチ(「外部」の視点から、将来のありたい姿や何が必要かについて検討し、それに基づいて目標を設定していく方法」と呼ばれています。

その次の段階は、「インサイドアウト・アプローチ」と呼ばれ、内部の経営情報をステークホルダーに開示することを目的とした、報告というのが特徴です。

  • Trust me(委託する): 外部報告なし、内部の効率性改善に関する内部コミュニケーションが主。
  • Tell me(伝える): PR志向の外部報告。社会から要請された問題に対する情報創造が目的。
  • Show me(見せる): アウトサイドイン・アプローチ。持続可能性についての外部のガイドラインや規程に準拠した情報開示を目的とした外部報告。
  • Prove to me(証明する): インサイドアウト・アプローチ。企業がどのような業務管理を行い、何を達成したかに関する情報を開示する外部報告。
  • Involve me(巻き込む): ツイン・アプローチ。双方向のコラボレーションおよびステークホルダー・インボルブメントの体系的なアプローチにおける一つの統合された要素。

統合報告書の作成には、経済、環境、社会的側面をカバーする一連の情報が必要です。これには、ESG(環境・社会・ガバナンス)指標、企業戦略、リスク管理、ビジネスモデル、ステークホルダーエンゲージメントの慣行などの非財務情報の開示が含まれます(Lee & Park, 2021)。

統合報告書のメリットは何か?

統合報告書のメリットとしては、透明性の向上、ステークホルダーとの信頼関係の強化、企業価値の長期的成長への貢献が挙げられます。また、ESG情報の統合により、持続可能性へのコミットメントを明確に示すことができます(Williams, 2019)。

今回、優れた統合報告書の一例として、エーザイの報告書を解説します

エーザイの統合報告書は、国際統合報告フレームワークに基づいており、インタンジブルズ(無形資産)の情報開示と利用に焦点を当てています。

エーザイの統合報告書の特徴とは?

エーザイの統合報告書は、特に以下の点で他の報告書より優れています :

  • 価値創造プロセスの開示: エーザイは、バランススコアカードの4つの視点を利用して価値創造プロセスを開示し、インタンジブルズ情報を戦略マップとして提示しています。
  • ステークホルダー・エンゲージメントの強調: 企業理念の実現を通じて、幅広いステークホルダーとの信頼関係構築に努めています。
  • 情報利用の目的: 単なる情報開示に留まらず、ステークホルダー・エンゲージメントを通じた戦略策定への情報利用を意図しています。
  • 価値統合プロセス: バランススコアカードを利用し、インタンジブルズ情報を戦略的に統合し、価値創造プロセスを明確に示しています。
  • 国際統合報告フレームワークの適用: 国際統合報告フレームワークに基づいており、情報開示だけでなく戦略策定への情報利用にも役立ちます。
  • 情報開示と利用: 情報開示を通じてステークホルダーとの信頼関係を構築し、エンゲージメントを通じた戦略策定に情報を活用する点です。

エーザイの統合報告書は、これらの特徴と優位性を通じて、企業価値の長期的な成長と持続可能な経営に寄与することを目指しています。

ESG情報の統合報告書への取り込み方には、ESGパフォーマンスの定量的指標と定性的分析を組み合わせるアプローチがあります。これにより、企業の持続可能性への取り組みとその戦略的重要性がステークホルダーに明確に伝えられます(Kim & Choi, 2022)。

統合報告書の作成における課題とは?

統合報告書の作成における課題としては、適切な非財務情報の識別、収集、および開示のプロセスの複雑さがあります。さらに、ESG情報の測定と報告のための統一された基準の欠如が挙げられます(Davis & Thompson, 2020)。

まとめ

統合報告書は、企業が直面する環境、社会、ガバナンス(ESG)の課題と機会を財務情報と非財務情報の両方を統合して開示することにより、ステークホルダーとの信頼を深め、持続可能な経営を推進するための重要なツールです

この記事では、統合報告書の定義、目的、及び作成のための国際的なフレームワークに加え、統合報告書におけるESG情報の取り入れ方、メリット、作成時の課題について詳細に解説しました。

エーザイの事例を含め、効果的な統合報告書がいかに企業価値の長期的成長に貢献し、企業の持続可能性とステークホルダー・エンゲージメントを強化するかが示されています。また、統合報告書の作成において適切な非財務情報の特定から測定、報告までのプロセスの複雑さや、統一された基準の欠如が課題として指摘されています。

参考文献:

  • Smith, J., & Johnson, L. (2020). The role of integrated reporting in promoting corporate sustainability. Journal of Corporate Finance, 62, 1-23.
  • Lee, H., & Park, T. (2021). Integrating ESG into corporate reporting: A case study analysis. Sustainability Accounting, Management and Policy Journal, 12(4), 567-590.
  • Williams, R. (2019). The benefits of integrated reporting. Corporate Governance Journal, 17(3), 345-356.
  • Kim, S., & Choi, D. (2022). ESG and integrated reporting: How to communicate sustainability. Environmental Management Journal, 29(2), 112-127.
  • Davis, S., & Thompson, R. (2020). Challenges in integrated reporting: Learning from practice. Accounting Auditing & Accountability Journal, 33(8), 1694-1720.
  • 西原利昭(2018),エーザイの統合報告書における情報開示と情報利用 インタンジブルズに基づく価値創造プロセスを中心に,2018 年 2018 巻 4 号 p. 21-34,日本知的資産経営学会
  • 日本取引所グループ,ESG情報開示枠組みの紹介https://www.jpx.co.jp/corporate/sustainability/esgknowledgehub/disclosure-framework/04.html(最終閲覧日:2024/3/18)

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